blog 森のひろば
12
2020/08/08

稲佐小学校のエノキ

Tweet ThisSend to Facebook | by info
 長崎の林業の取材で稲佐山に登り、その一環で稲佐小学校に立ち寄った。四年前の初春ここで子供たちと一緒に一本のエノキの苗を植えたことがあり、久しぶりにその木にも会ってきた。
 大切にしてもらっていることが、その樹勢からうかがえる。標柱も何度かリニューアルしていただいているようで、「ヒバクエノキ3世」の文字も褪せることなくはっきりと読み取れる。

 長崎に被爆樹木はあまたあるが、このエノキは広島で被爆した木の子孫である。2世は山里中学校の校庭に大きくそびえていて、この木はその種から僕が育苗したものだ。
 1世と2世にまつわる物語が、児童文学者、長崎源之助(2011没)の筆により「ひろしまのエノキ」として描かれている。2世のうちの1本が長崎の中学校にやってきた経緯には、広島の女子中学生と源之助が織りなす物語があった。作家の描いた数ある作品に負けぬほどの美しい物語だが、ここでは割愛する。
 源之助の作家としての原点は大村の旧海軍病院(現国立長崎医療センター)にある。戦地から引き揚げてきた彼が、そこで出会った原爆で傷ついた子供たちとの交流は、2008年「汽笛」という作品に描かれている。彼の絶筆である。

 作家の死後、彼を慕う方々(長崎源之助追悼委員会)が、山里中にあるひろしまのエノキ2世の子供を、原点の地である長崎医療センターに植樹しようという取り組みをされ、その育苗を当時勤めていた長崎県民の森に依頼されたのだった。育てたエノキの兄弟たちは、医療センターのほか、募集に手を挙げてくれた長崎市内12の小中学校に植樹した。稲佐小学校はそのうちの一校だったのである。そのほか長崎県民の森にも植えたので、機会があれば会ってやってください。前述の2作品も置いてあります。

 稲佐小学校で植樹した時のことは、忘れることができない。
 植え終わった後、同行していた追悼委員会の方が、物語の読み聞かせと平和の講話をされた。子供たちはそのお返しに、母校のヒーロー福山雅治の「くすのき」を歌ってくれた。長崎でこんなことを口にすれば袋叩きにあうに決まっているから、これまで言ったことはないのだが、正直言うとその時まで福山の曲をいいと思ったことは一度もなかった。しかし、壁に大きく張り出された歌詞を目で追いながら子供たちの歌声を聴いているうち、図らずも涙をこぼしてしまった。初めて福山をすごいと思った。隣にいた追悼委員会の女性は僕の倍涙を流していた。そして、帰りの車中で彼女はこう言った。
「あの歌を持っている子供たちに私たちが話すことは何もないわ。」
 
 僕は、それ以後植樹に訪れた学校では、子供たちに「皆さんのおじいさんおばあさん、または親類の方が原爆にあわれたという人はいますか?」と尋ねることにした。ほとんどの学校でほとんどの子供たちの手が挙がった。僕の住む大村ではそんなことはないだろう。

 書いていたら、8月9日がやってきた。(投稿 福田)
22:59 | 投票する | 投票数(1) | コメント(0)
2020/07/29

居小屋つくり

Tweet ThisSend to Facebook | by info

白炭の窯場には少なくとも2つの小屋が必要です。一つは窯の前(窯庭と言います)に作る窯小屋と、窯の近くに作る炭焼き小屋です。白炭は、黒炭のように一窯で大量に焼くことができませんので、回転で勝負します。冬に野良仕事のできない雪国では窯場に泊まり込み、付きっきりで焼いていました。そこで、炭焼き小屋が必要になるのです。南国長崎で焼く場合にも、窯出しのタイミングが思ったようにいかないと真冬に徹夜で窯出しなどということにもなるので、できれば小屋はあったほうがよく、僕はこれを居小屋と呼んでいます。

 

 親方から習ったときは、炭焼き小屋は、「束建て(つかだて)」窯小屋は「叉手建て(さすだて)」の小屋組みをしていました。理由はたぶん、炭焼き小屋は壁を付けるので、それには束建てのほうが都合がよいことと、壁を打ち付けることで、筋交いなどの斜め材がなくとも安定するからだと思います。しかし構造上叉手建てのほうが頑丈なので、私は居小屋も叉手建てにしています。

 私は親方から習いましたが、その後どこかで見た明治時代に書かれた毛筆書きの炭焼指南書にも、図面付きで掲載されていました。そこでは、ねそと言って、灌木や蔓で縛って組むように書いてありましたが、その技術を持たない私はなまし番線を使っています。釘やかすがいを使わず建てられるのも大きな利点です。

 独特の構造でしかもとても理にかなっているので、ご紹介します。
左の写真が、叉手建て小屋の構造です。一番の特徴は棟木を支える叉手を桁からではなく、柱の根本から立てていることです。それにより筋交いの働きを持たせることができるので、とても丈夫になります。小屋を建てようとされている方は参考になさってください。














完成するとこんな感じです。
11:16 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2020/07/08

伏せ焼きの勧め

Tweet ThisSend to Facebook | by info
 年度が替わって以来、森づくりの志を抱く方々との新たな出会いがいくつもありました。この仕事の大きな喜びの一つです。今年はどうしたわけか、竹炭を作って農業に利用しようと考えている方々と数多く出会いました。みなさんいろんな方法を考えておられ、なるほどこんなやり方もあるのかと勉強になります。
 私のおすすめの方法を一つご紹介します。と言っても私がやりだしたことではなく、うんと昔、山仕事修業時代に私の親方が言い出したことです。ある人が、「自分が育てている若者に農業をやらせているのだが、炭や木酢で土壌改良をしたい。ついては、彼らに炭焼きを教えてやってほしい」と頼んできました。親方は一言のもとこういいました。「そんなのにわざわざ窯築くことない、畑の中で炭焼きすればいいじゃないか。炭も、木酢も自然に土の中に入っていくだろう。」それを聞いたその人は、「あ、なるほど!」とひざを打って関心なさっていました。
 方法としては、「伏せ焼き」という、もっとも原始的な炭焼き法です。以来私も何度か山仕事で出た雑草木をこの方法で炭にし、木を植えるときなど植え穴に入れてみたりしましたが、根の活着、その後の成長など目に見えて違っていました。 竹を焼いてみたことはなかったので、初めてやってみましたので、手順をご紹介します。

まず穴を掘り、煙突を立てます。穴の深さは炭材の量によりますが、最低1スコップ分は掘ります。穴の大きさも自由ですが、今回はドラム缶を縦割りにしたものを使いましたので、それに合わせました。親方は、煙突もドラム缶も何も使わず、スコップ一丁で全く無造作に土をかけるだけのようにやっていました。やってみるとわかりますが、それにはよほど煙を読むことのできる感を身に着けていなければなりません。ドラム缶を使うと、熱の量が足りない時、追い焚きがやりやすくなります。














穴の中でたき火をして、十分な燠を作ります。たき火している時間を利用して、炭材である竹を割って準備しておきます。










燠の上に敷き木を敷いて、その上に炭材である竹を隙間なく積みます。



















炭材を粗朶などで覆いドラム缶をかぶせます。




















煙の様子を見ながら、少しずつ隙間を埋めるようにしながら土をかけていきます。炭化が開始されたことが認められたら小さな吸気穴を除いて完全に土で覆います。炭化の開始は、煙の臭いで判断しますが、慣れが必要です。操作が早すぎたら、追い焚きをします。














青煙になったら煙突も吸気口も土で完全に密閉し、一日以上さましてから窯出しです。
今回は窯を止めてしまわないよう用心して、あまり絞らなかったので、炭化が早く進み、翌朝行ったときには完全に煙切れになっていて、炭を随分減らしてしまいました。何回かやれば、ちょうど良い絞り具合がわかってくるかと思います。



こういったことを、畑の中で点々とおこなえば、良い土壌改良になるのではないでしょうか。またこのような原始的なやり方でも、炭焼き技術の基本を身に着けることができます。炭焼きを志向される方は是非お試しください。大村まで来れる方はご指導いたします。
(投稿、福田)
00:12 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2020/04/09

ソメイヨシノ

Tweet ThisSend to Facebook | by info
ソメイヨシノ

 今年もソメイヨシノの桜が咲きました。この木は葉っぱが伸びてくる前に花を一斉に咲かせます。ほかの品種に見られない特徴です。ソメイヨシノは東京都豊島区駒込あたりの植木屋が偶然に発見した品種と言われています。
時代的には、江戸時代の後期頃でしょうか。ソメイヨシノは桜の開花予想の標準木となっていますが、この木を実生で増やすことができません。接ぎ木で繁殖します。したがって、全国にあるソメイヨシノはクローンです。そのため品種による違いを気にせず、開花予想に使用できます。



満開の桜(4/7大村市)

11:49 | 投票する | 投票数(1) | コメント(0)
2019/12/23

古い写真

Tweet ThisSend to Facebook | by info
 理科の先生たちの集まりで話をしてくれと頼まれたので、その資料作りのため、妙高高原(新潟県)で、ある自然学校の森番兼講師をしていた頃の古い写真データをかき集めている。色んな媒体に乱雑に放り込まれ、その媒体がまた、未整理のまま20年近く棚の上や段ボールの中に放置されたままになっているのだ。おのれのずぼらな性格を呪いながら、生きてるか死んでいるかわからないようなディスクをドライブに入れ、夜な夜なチェックしているのだが肝心の中高生相手のプログラムを実施している写真は未だ出てこない。その代わり、ガキンチョどもと遊んでいる写真がいっぱい出てきた。

 自然学校の営業的にはほとんど役には立たなかったが、近くに住むガキンチョ共がお母さんに連れられて定期的に遊びに来ていたのだ。今でいうところの「森の幼稚園」みたいなものなのだけど、当時そんなしゃれた言葉はそれほど出回ってなく、僕たちも特に看板は掲げていなかった。うちのかみさんなんか「放し飼い」だとか「放牧」などと言っていた。
(投稿:福田)
その他の写真


09:41 | 投票する | 投票数(1) | コメント(0)
2019/08/16

旧線路通りの錦魚葉椿

Tweet ThisSend to Facebook | by info

 ここにあるロンリー・イヌエンジュをちょっと前に書いたが、今度はツバキ。

 長崎では最もポピュラーな木と言っていいこの樹種の何を特筆するかというと、この道沿いに植えられているツバキのほとんどに見られる葉の変わった形状。一種の奇形だろうけれど、先端が写真のように3、4裂して、僕らの年代が小学校のころ給食で使った先割れスプーンのようになっている。

 初めて見たこともあり、どの木もどの木もそうなっているもんだから、ちょっと面食らって、74年前の放射能を浴びたツバキの子孫たちか?などとちらりと想像したりした。が、調べてみるとそういうわけでもないようだ。

 葉の帯化の一種で、錦魚葉(きんぎょば、金魚葉とも書く)というそうだ。確かに先割れスプーンよりよほど的確な見立てだ。ツバキにまれにみられ、錦魚葉椿と言って珍重されるらしい。

 それにしても、珍重されるぐらいのものが、これだけまとまってみられるというのは、やっぱり特筆に値すると思うのだけど、どうでしょう?
(投稿者:福田)


10:54 | 投票する | 投票数(1) | コメント(0)
2019/06/28

力枝(ちからえだ)

Tweet ThisSend to Facebook | by info
 我田引水だが、大学三年になる倅を評して我が妹が「お兄ちゃんの子とは思えないほどいい子」と言ってくれた。褒めているんだか、皮肉っているんだかわからない言いようだけど、親として悪い気はしない。妹には、「森の木を育てるようにしてたらああなった」と答えた。
「その心は?」と問い返されることを期待してそう言ったのだが、妹の奴それをしてくれない。持って行き場の無い気分をここで解消させていただくことをご容赦いただきたい。
一、剪定をしないこと
二、360度どの方向にも力枝を伸ばせるように、周りを空かしてやること

 
 昔、山仕事の修業時代、親方が「双葉を出した実生を見たら、将来どんな木になるかわかる」としきりに言っていた。当時は眉唾で聞いていたのだけど、その後、自分で山仕事を請け負ってやるようになってふと、もしかしたら、将来どちらの方向に力枝を出したがっているか種子のうちから決まっているんじゃないかと思ったことがある。若木が力枝を伸ばそうとした方向にちょうどいい空間がたまたまあるかどうかが、その後その木が大径木になれるか否かを分けているんじゃないかと。何を見てそう感じたのかすっかり忘れてしまっているのだが、ともかく親方にはそれが双葉のうちから見えていたのじゃないかと思ったのだ。無論科学的根拠などみじんもない。親方からはよく「おめえは学者だなあ」と、こちらは100%皮肉で言われていたのだけど、皮肉られている僕はというと、皆やたらと有難がる「科学的」なるものが実は、親方みたいな眼力を持たない普通の人間にも、何とか平均点以上の仕事をさせるためにあるんだという風に思い始めていた。

 僕は大学を出ていないが、その代わり森からいろんなことを教わった。木育ても、子育ても。
(投稿者:福田)


11:11 | 投票する | 投票数(2) | コメント(0)
2019/06/14

紫陽花

Tweet ThisSend to Facebook | by info
                  紫陽花(アジサイ)

 6月から7月に開花する紫陽花。原産地はなんと日本!紫陽花は、「青い花がたくさん集まって咲く」という意味からそう呼ばれています。開花期間が長いことから飾り花として使われることも多くなってきた紫陽花。しかし、紫陽花の葉っぱには毒性があり、摂取すると過呼吸や痙攣などを起こし、死亡することもあるので注意が必要です。

                  紫陽花の花言葉

 紫陽花にはいくつかの花言葉があります。
 良い意味の花言葉は「辛抱強い愛情」「一家団欒」「家族の結びつき」などがあります。「辛抱強い愛情」は雨が降る季節にも負けず花を咲かせるところから、「一家団欒」、「家族の結びつき」は、小さな花が集まって咲く姿からそういわれています。
 悪い意味の花言葉は「移り気」「浮気」「冷淡」などがあります。「移り気」、「浮気」は、紫陽花の花色が変化する特徴から生まれたとされています。そして「冷淡」の花言葉は、日本で咲く紫陽花の花色が青や藍といったクールな色彩が多いからだといわれています。
 最近は、プレゼントとしても人気な紫陽花。プレゼントをする際は、花言葉付きのメッセージを添えるのもいいですね。また、紫陽花の色によっても花言葉は変わるので気になる方はぜひ調べてみてください!(投稿者:磯谷)

      
16:14 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
2019/06/10

旧線路通りのイヌエジュ

Tweet ThisSend to Facebook | by info
 事務所が出島にあったころ、近くになんとはなく愛着を感じる通りがあって、時々散歩したりしていた。その昔港からの物資を運ぶ列車の通る線路があったそうで、両側は倉庫が立ち並ぶ硬質な雰囲気であったという。今は、出島ワーフのしゃれた通りとオフィスや商業施設の立ち並ぶ大通りにはさまれて、どこか別世界の趣がある。元船遊歩道という名前もあるみたいだが、このあたりで生まれ育ったセンター長は線路通りと呼んでいた。
     
 通りに植えられている木々の不統一感が面白い。この場所の変遷をそのまま映し出しているのかもしれない。長崎駅から通りに入ってすぐに、エンジュの木が10本ほど並んでいる。アカシア並木というには、樹高も本数もこじんまりしているし、そもそも通りのど真ん中に並んで立っていてこれを並木というか疑問だが、雰囲気はある。その中にどうしたわけだか一本だけイヌエンジュが立っている。植えられるときに苗木の中に紛れ込んだのだろう。イヌビワ、イヌマキなどイヌをまくらに持つ樹種はいくつもあるが、どれもこれも本家から一段落ちるという意味を込めた一種の蔑称である。にもかかわらず、この一本の立ち姿は実に堂々としていて、「おれの名前も、おれがここにいるのも俺のせいじゃねえ」と言っているように感じられる。この一本に抱いた親近感が、通り全体に持つようになった愛着の始まりであったかもしれない。
(筆者:福田)
  

10:47 | 投票する | 投票数(1) | コメント(0)
2019/05/24

一本杉

Tweet ThisSend to Facebook | by info
                     一本杉
 高来町山林協議会さんが、ツクシシャクナゲ群落の再生に取り組まれているシャクナゲ公園。今年のシャクナゲ祭りのオープニングをお邪魔した折頂いた散策マップに、妙に気になるスポットが載っていました。その名も「一本杉」。咲き始めたシャクナゲを一通り見た後、佐藤センター長と一緒に足を延ばしてみる事にしました。おっさん二人、弥次喜多だか熊さん八つぁんの気楽な趣。
 一本杉というネーミングは、シンプルなだけに想起されるイメージが人それぞれ、そんなことを好き勝手に喋りながら歩いておりました。どうやら、センター長先生、途中目にするカヤの大木みたいなスギがドーンと立っている姿をイメージしていたらしい。私はというと、どうにも春日八郎の「別れの一本杉」のイメージがBGMとともに頭を駆け巡り往生していました。
「そろそろ見えてきていいころだ」ときょろきょろしていて、目にしたのがこの写真。二人声を揃えて「おー!!、まさしく一本杉!」

 「分かれた一本杉」でした。(投稿:福田)

     
 



15:33 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)
12